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野田聖子の夫の現在の仕事は会社員?元暴力団員から料理上手の主夫に!

自民党の野田聖子幹事長代行が総裁選に立候補することを表明しました。
その一方、夫の文信氏が元暴力団員であったことを『週刊文春』が突き止めました。

このことが事実であれば、野田氏の出馬に影響が及ぶ可能性が大きいと考えられます。

この記事では、野田氏の夫・文信氏の過去と現在の仕事についてまとめています。

野田聖子の夫・文信氏は昔暴力団員だった!

『週刊文春』は2018年8月2日号で、文信氏が「会津小鉄会」傘下の「昌山組」に所属する元暴力団員だったと報じました。
それに対して文信氏は、元暴力団員だった事実を否定し、東京地方裁判所に発行元の文藝春秋を提訴。

今年3月に東京地裁は、元暴力団員だったという報道は事実であったとする判決を下しています。
文信氏はこれを不服として控訴し、文藝春秋も判決の一部を不服として控訴しています。

しかし、今回、警視庁のデータベース上に過去に暴力団に所属していたことが記録されていたことが判明しました。

文春の記者は昌山組の元組長に接触することにも成功しています。
元組長によると、文信氏は最初、幹事の役職についていたのだとか。

  • 最初の肩書は「幹事」
  • 1999年に昌山組内部の人間関係を巡る殺人事件が発生。2000年3月に組が解散する前に、文信氏も組を抜けた

これについて、野田氏は「引き続き夫を信じております」とコメントしています。
ただ、 この記録は文信氏が元暴力団員であったことを裏付けるかなり強固な証拠になるのではないでしょうか。

野田聖子の夫・文信氏の現在の仕事は主夫?

文信氏は家庭を支えるため飲食店経営を辞めて主夫に!

文信氏は、昌山組が離散した後、暴力団から足を洗って堅気の世界へ戻りました。

元組長によれば、「昌山組」は1999年に元組幹部の刺殺事件が起き、組長自らが逮捕され懲役7年の実刑判決を受けたのを機に解散。組が雲散霧消したため、都合10年ほど組員として在籍していた文信氏も、堅気(かたぎ)の世界に戻っていったという。

野田聖子の夫は「元暴力団員」と裁判所が認定 約10年間組員として活動 | デイリー新潮 (dailyshincho.jp)

その後は大坂で携帯電話販売事業のビジネスを開始したり、焼肉店やイタリアン飲食店を経営する実業家になりました。

野田氏と文信氏が出会ったのは、2007年に文信氏が大阪で経営していた焼肉店に野田氏が来店したことがきっかけなのだそうです。

その後、野田氏と文信氏の間に息子さんが一人生まれましたが、重い障がいがあるため、文信氏は仕事を辞めて主夫になって子育てや野田氏の母親の介護を率先して行うようになりました。

文信氏の現在の職業は主夫ではなく会社員?

しかし、最近の情報によると、現在は主夫ではなく会社員をしているようです。

文信氏は友人の中野猛氏が経営するジュエリー会社『株式会社ジェムケリーグループホールディングス』や『株式会社バティックス』などの複数の会社の監査役として働いています。

中野猛氏とはプライベートでもかなり親しくしているようですね。


文信氏は主夫時代から料理上手で有名だった?

文信氏がまだ主夫だったころ、『NHK政治マガジン』で野田聖子さんの弁当を手作りしていることが掲載されました。

「楽しみだよね、開けるとき。じゃじゃーん」と嬉しそうに弁当の蓋を開ける野田氏。

この日のメニューは、鮭ごはんや豚肉のマリネ焼き、卵焼き、かぼちゃの煮つけ、ごぼうと牛肉の炒め物、パスタなどの11品でした。

『NHK政治マガジン』によると、文信氏は京都の料亭で働いていた板前さんだったそうです。

まだ大阪で飲食店を経営する前のことでしょうか?
それとも暴力団員になる前なのでしょうか?
気になりますね。

どちらにせよ、過去に食に関わる仕事をしていたからこその腕前なのですね!

まとめ

野田聖子さんの夫・文信氏の仕事についてまとめました。

  • 昔、暴力団「昌山組」の幹部的存在だった
  • 京都の料亭で板前をしていた
  • 大阪で焼肉店やイタリアン飲食店を経営していた
  • 息子さんが生まれてからは主夫をしていた
  • 現在は中野猛さんの会社で監査役員の仕事をしている

文信氏は暴力団員だった過去を否定しているようですが、記録が見つかったということで、事実である可能性が高まりました。
今後も新しい情報が分かり次第、追記していたいと思います。

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